スポーツ

「俺たちの箱根駅伝」で振り返る「俺の箱根駅伝」

2026.10.11 | AmanoToshihiko

昨日から日テレ系で「俺たちの箱根駅伝」が始まりました。

幾つになっても、正月の2日、3日の午前中は、往路、復路ともに8時のスタートからゴールまでテレビの前を離れることができず、レースの行方を追っています。
テレビでの全区間中継が始まったのは1987年。私は27歳の時でした。その前はNHKのラジオでレースを追っていました。
いつから興味を持ったのか、はっきり覚えてはいないのですが、自分より年上の人たちがタスキをつなぐレースに興味を持ち、自分と同年代の学生のレースを追い、気がつけば自分の子供よりはるかに若い、いや、場合によっては孫のような若者が走る姿を追っている。

長いこと惹きつけられてきた魅力は何なんでしょう?

もう10年ほど前でしょうか。クィーンビーズが1月2日から都内で行われる皇后杯に出場しました。
私は元旦に都内へ移動。翌日の試合は夕方からなので、朝は箱根駅伝のスタート地点へ。
カメラを持って出かけましたが、到着した時にはすでにかなりの人だかり。スタートから数百メートルの地点で、なんとか最前列をキープしてカメラを構え、通過する選手を待ちました。

ところが、ここで予想外の出来事が。
カメラを持参した私には予想外でしたが、考えてみれば今の時代では当たり前の出来事。

私の周りの方はほぼスマホだったので、選手が近づいてくると皆さん手を伸ばして撮影を始めました。
その手が私のレンズの前で選手を遮り、なかなか辛い撮影条件に💦まあ、私のリサーチ不足なんですけどね。

その時に撮影したのが、この写真です。

この後、数年が過ぎて、県内のスポーツを扱う雑誌の取材・編集を受け持つこととなり、地元の山梨学院大学の陸上競技部も4年ほど担当させていただきました。

まさか、自分が電波を通して見たり、聞いたりしていた箱根駅伝に出場する選手や監督を取材する日が来るなんて。

そのお話は、また後日。

ぶどうが落ち着いたら、更新しますね。